回想録4

  • 2016.04.24 Sunday
  • 23:27
30代に入るとただ挑戦するだけではなく、その作業+自分の表現を確立していく事も考え始めました。

20代はとにかく経験を積む事に必死になっていましたが30代に入り、きちんと結果の残せる、次に繋がるパフォーマンスを出来る事を意識しました。

その中でベーシストと共演するという事に物凄い興味を持っていました。

ギターでもなく、ピアノでもなく、あるいはドラムやパーカッションでもなく、
ベースとやりたいと思ってました。

これは何となく僕の勝手なイメージですがベースって前にも後ろにも横にもいける楽器なんじゃないかと思っていて和太鼓と対等な位置でもいいしフロントとしてでもいいし支えてくれるポジションにもなってくれるし、それに何より和太鼓とベースだけで何かをやるのが当たり前じゃくて凄い変な編成で面白いなと思っていました。

今一緒にやってるベーシスト頓所謙士(通称トンケン)と出会ったのは10年くらい前で今はもうない秋葉原のライブハウスでの出会いでした。


その日のイベントの出演者で「月ノ魚」というバンドのベーシストとしてトンケンが出演していました。
月ノ魚はジャンベを叩きながら唄う女性ボーカル、アコギ、二胡&エレキギター、サックス、エレキベースという他では見たことのない編成で凄いパワーと独特の世界観を持っているバンドでした。

曲中トンケンは飛んだり跳ねたり、ベースを投げ回したりしながら演奏のみならずパフォーマンスもカッコよくベーシストという一見地味な立ち位置でありながらも最も目立つ存在でした。


こいつと何かやれたら面白そうだなと思い終演後声をかけ、いつか一緒にやってくれないかとお願いしたら「いいよ」って軽い感じで答えてくれました。

僕が30歳でトンケンはまだ20歳くらいだったんじゃないかな?

何とも自由人で縦も横も関係なく付き合う事が出来る不思議な若者でした。

一応バンドリーダーと思われる人(のぶゆきんぐ)にもトンケンとやりたいと話しておこうと思いその旨を伝えると俺らともやってくれみたいな事を冗談交じりで言ってきて、多分向こうはそんな本気ではなかったと思うけどその話が無性に面白そうだなと思い、月ノ魚と小泉謙一でコラボイベントをやる話をすぐ様進め出しました。

あの時そう思ったのはあの不思議な感覚の中に入る事でこれまでの自分にはない何かが生まれるような予感がしたのかもしれません。

ライブは大成功でした。

物凄く後味も良くお互いにこれで終わるのは勿体無いなと感じ、その後しばらく月ノ魚のメンバーとして活動を共にする事となったのです。

そんな月ノ魚の活動の中で葉亜都とも知り合いました。

葉亜都も当時女の子中心の打楽器バンドをやっていて対バンで何度か一緒になりました。

マリンバともやってみたいなと思ってましたがもう30代のおじさんが20歳前後の女の子に「一緒にやってくれない?」なんてとてもじゃないけど言い出せないなと諦めていたのですが数年後、もう月ノ魚での活動もしてなかったのですがトンケンに尾崎豊のライブビデオを貸しっぱなしにしてた事を思い出し、返してもらおうと連絡をとったら「今、葉亜都と付き合ってる」と聞いてこれはチャンスだと思い尽かさずトンケンにお願いして一緒にやってもらう事になったのです。


そんな2人は去年に結婚しました。

今回のCDは同じ姓でクレジットの入った第1号の作品なんじゃないかな?

こうやって思い返すとトンケンや月ノ魚、葉亜都と出会ってもうだいぶ経つな。

中野駅北口駐輪場や吉祥寺の駅前でストリートライブをやってたのがつい最近だったような気がするけど時が経つのは早いものなんだなぁ〜。

あの頃吉祥寺(駅前)ではすぐ警察に止められてほとんど演奏出来なかったけど5月20日は同じ吉祥寺で(ライブハウスだけどね)思いっ切りやりたいと思います。









コメント
月の魚。なつかしい。
  • こな
  • 2016/06/03 10:53 PM
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