アフリカ日記4〜ザンビア〜(前編)

  • 2007.12.03 Monday
  • 01:50
ここまで順調にツアーをこなしてきたので
この勢いで最終国ザンビアも乗り切りたい所でしたが、

やっぱり、




やっぱり、



ありました!




ハプニングが!



到着して早々に、税関から太鼓を出せない!!

なぜ?


これだけの荷物を持ち込むだけの申請を事前にしていたし、
「これを見せれば大丈夫!」という書類まで用意していたのに
もかかわらず、答えは「NO!」


税関のおっさんによると、

「聞いてない」

「この書類を書いた人に週末だから確認が取れない」

等等等等等等・・・・・。


2時間以上、税関で粘ってみたけど結局ダメ。

「今日は土曜日だから月曜日に出直して来い!」

という事態。

月曜日は公演予定日。

翌日は帰国予定日。

月曜に行ってアウトだったら公演は中止!

正に緊急事態!

結局その日は諦めて税関に楽器を残したまま、入国。

まぁしかし今までが順調すぎたと言えば順調すぎたのである。

ツアー前にも「何が起こるかわからないから覚悟しといてね!」
と注意を受けていたにもかかわらず、ここまで何も起こらなかった
訳で、これくらいのハプニングでもなければアフリカに来た気がしない
ではないか!

などとポジティブに考え、とりあえずホテルへ直行。



しかしこの時、不思議な感覚を体験したのです。
外に出た瞬間、妙に懐かしい心境になったのです。

それと町の景色や草木や土の匂いなどを感じて、旅特有の興奮と
異国に来たという緊張感が和らいで行くのがはっきりと
わかりました。

何故だろう?と考え、もう一度車中から外を見ると
俺が数年前に住んでいたオーストラリアの雰囲気にそっくり。

あそこでの生活は俺にとって最高の思い出。

初めて来た気がしなかったのはそういう理由なのか?

あるいは前世でこの地に来た事があるのか?
(この手の話は実際たいして信じてません)

とにかく自分の精神状態がハプニングがあった矢先にも
かかわらず、いい意味でリラックスしていたので

「ザンビアでの公演は必ず成功する!」


そんな予感を感じずにはいられない一時でありました。


しかしながら、太鼓がないというのは大問題でありまして、
なんと翌日の日曜日にはワークショップが予定されていたのです。

すっかり公演の事ばかり考えていましたが、ワークショップだって
太鼓がないとどうにもならないでしょう!

こんな時、困った時の日本大使館ですよ!

太鼓が一台あったんですねぇ!!

これはラッキー!

注意:(世界中の日本大使館に太鼓があるわけではございません。
たまたま、あったのです。ちなみにエチオピアにはありました。)

一台あればとりあえず、何とかなるでしょう!

小濱君の尺八は手持ちだし、秀さんのチャッパだって手持ち。
この二人がいて、太鼓が一台あればどうにでもなります。

しかし一台しかない分、自分の楽器じゃない分、真の実力を正銘
されてしまうのですが・・・・・。






俺だって伊達に長くやってるわけじゃないですヨ〜だぁ!







ワークショップ&プチ演奏成立!!ですよ。



入国時の予感はかなり当たっているような!?

予感的中か否かは明日の税関で太鼓が入国できるかが勝負の鍵!

後編へ続く・・・。

アフリカ日記4〜ザンビア〜(後編)

  • 2007.12.03 Monday
  • 01:47
太鼓は翌日、早朝から交渉に交渉を重ねてなんとか入国許可!
(俺が交渉したわけじゃないけどね。(笑))

しかし一度起きると止まらないねぇ〜、ハプニングは。

今回公演を予定していた場所は、とある大学の講堂。
その大学で暴動&ストライキ勃発!
なにやら一週間前から大学のトイレの水が出ない事がきっかけで
学生達全員と大学側とで大騒動になってしまったらしいのです。

じゃあ、結局中止か?

またまた困った時の日本大使館ですよ!

すぐさま、近くの博物館を貸し切り、急遽会場変更となりました。

しかし、突然の会場変更と街がそんな状態でどれくらいお客さん
が来るのだろうか?
エチオピアの時に心配した以上に不安でした。

結果は予想以上にお客さんが来てくれて一安心。

あとはアフリカ最後の公演を精一杯やるのみ!

そしてやっぱり、俺の予感は当たりましたよ。


(本番前の一時)

4公演の中で最高の出来でした。

勿論、どの公演も手を抜いたつもりは一切ないし、
全力でやったし、結果も出せたと思います。

しかし、敢えて順位をつけさせてもらうと
このザンビアでの公演が一番良かったような気がします。

不思議な事に条件は4か国中、一番最悪でした。

でも演奏は1番良かった。

こういう事もあるんですねぇ。

条件が良いに越した事はないけど、一番大切なのは気持ちの持ちよう!

最後の最後で初歩的な事を改めて学ばされたような気がしました。

何はともあれ、無事全ての工程を終了して翌日は36時間かけて日本へ
帰国。


このツアーは俺にとって全てが初体験でした。
自分自身の演奏の事やそれぞれの国の文化や事情を知ること、
全部が俺の今後の活動に活かされるのではないかと思います。

というか、活かさなければいけないのです。

今回のツアーで各国で沢山の出会いがあり、色々な方にお世話になりました。

各国でお世話になった方へ、

本当にありがとうございました。

そして日本でアフリカツアーの成功を願い続けてくれた方や、
この長〜い「アフリカ日記」を読み続けてくれた方へも感謝申し上げます。

そんなわけで、ツアーは終わりましたが、あと一つ残っています。

12月11日(火)【TOKYO FM HALL】でのコンサート。

ここで、今回のツアーで感じた事や実際演奏して来た事をテーマ
にコンサートをする事になりました。

ブログで更新し続けた思いを胸に演奏いたします。

お時間のある方は是非ご来場ください。

それではこれにて、「アフリカ日記」を終了いたします!!

御精読ありがとうございました!!



【オマケ】


「二度あることは三度ある!」

おまけのハプニングがありました。

帰りは関空経由で帰国したのですが、荷物が一つ届きませんでした。
乗り換えをする度に必ず荷物をきちんと積んでいるか航空会社に確認
していたにもかかわらず、一つ届かず。

それは私のトランク。

楽器じゃなくて良かったけどね。


3日後に本人より遅れて、トランク君もアフリカより
無事帰宅いたしました。


以上















ザンビア番外編

  • 2007.12.03 Monday
  • 00:06
ここまで3カ国、コンサートの現地の言葉での挨拶について
書いてきたのにザンビアだけ触れずに終わってしまいました。

「どうでもいいよ」と思っている方もいると思いますが、
一応、各国恒例という事で報告いたします。

ザンビアは基本的に英語でみんな会話をしているのですが、
これは過去に植民地だった事が理由でそうなっていて、


実際には現地の言葉はあるそうなのです。

でもここも例外なく、沢山部族があってもともとは喋る言語の
種類は沢山あるそうなのです。

今回は情報収集の結果、代表的な言語を2種類選んでみました。

一つはベンバ語。もう一つはニャンジャ語。

この2つだったら、ほとんどの人がどちらかはわかるとの
事だったので今回は思い切って2種類喋ってみました。



【B=ベンバ語 N=ニャンジャ語】

(みなさん、こんばんは。)


B チュングルポ ムクワイ

N ムワチョマ ブワンジ

(私たちは東風です)


B ニフウェ バ 東風

N ンディフェ バ 東風



(一生懸命演奏します)


B トワラインバ ブウィノ

N ティザインバ ブウィノ


(楽しんでください)


B カンシ カトゥイパキシエ

N レカニ トゥサンガラーレ


(ありがとう)


B トワタシャ

N ズィコモ


(また会いましょう)


B レサ ンガパラ トゥカモナーナ ノンバリネ

N ンガティ ムルング アザパラ トゥザオナーナ アンゾ



以上、こんな感じでした。

通じたかどうかは微妙な反応でしたね。
でも拍手は頂いたのでだいたいは通じと思いたいです。(願望)


ではこれにて本当に終了です!

ではっ!!

アフリカ日記3〜タンザニア〜(前編)

  • 2007.12.01 Saturday
  • 03:00
アフリカツアー、3カ国目はタンザニアです。

リビア、エチオピアと比較的乾燥している国が
続いたのですが、タンザニアは物凄い湿度でした。

おそらく、日本の夏よりもジメジメしていたような気がします。
日差しも相当なもので、エチオピアが寒かった分、
余計に暑く感じましたね。


今回訪れた街はダルエサラームという
港町で、現在はタンザニアの首都でもあるらしいです。

タンザニアといえば何?

以外と沢山あります。

まずは

自然動物公園(サファリ)

タンザナイト

マサイ・首長族等など・・・。



自然動物公園は、野生の動物が見放題!

お隣、ケニアじゃなくてタンザニアが一番有名みたいです。

日本のアフリカの動物を特集するテレビ番組の撮影は
タンザニアの自然動物公園で行われている事が多いらしいです。

あとは日本でも比較的有名なマサイ族などは
タンザニアとケニアの国境を行ったり来たりしながら
生活をしているそうです。


そしてタンザナイトとは?
どうやら宝石みたいです。

俺は全くそういうのは疎いので知らなかったですが、
女性の方はきっと知っているんでしょうね。

結構高価なものらしいです。

日本でも最近はわりと流行っているみたいですよ!
しかしこれらの場所に行ったり触れたりする事は
残念ながら一切できませんでした。

まずは時間がなかったという事もあるし、国の治安が
あまり良くないという事情もあって今までの国に比べると
街を歩くだけでもかなりの緊張感がありました。


それでも今回タンザニア公演にあたって、色々と面倒を見てくれた
木村さんのおかげで可能な限りの体験をさせて
もらう事ができました。


(中央が木村さん)


この木村さんはスワヒリ語の研究のため、タンザニアに住み始めて
早、数十年。

今では日本大使館のお仕事を手伝いながらタンザニアの文化を紹介
し続ける貴重な方です。

日本からアーチストが来ると必ずコーディネーターとしてついてくれる
方なのですが、今から十数年前に我が師匠、英哲さんがタンザニアで
公演した時も一緒にお仕事をしたらしいです。

木村さん「もうお弟子さんが来るような時代になったんですねぇ。
年齢を感じちゃうなぁ。」などと嘆いておりました。

そんな木村さんに連れられて、まずは会場の下見。



夜は、大使公邸にご招待していただき、食事会。

翌日にはテレビ・新聞等の取材等、結構な過密スケジュールでした。

日本ではほとんどメディアに取り上げられる事がないので
大変だったけど、取材を受けるっていうのは悪い気はしないですね。

日本でも取り上げられるようになれたらいいなぁ〜と
ほのかな期待ももちつつ、ホテルで即刻、熟睡。

翌日へ続く・・・・。















アフリカ日記〜タンザニア〜(後編)

  • 2007.12.01 Saturday
  • 01:21
それではいよいよ、恒例の「現地の言葉で挨拶を!」
のコーナーですが、この国は(前編)でチラッとお話した通り、
スワヒリ語が言語となっているようです。

エチオピア同様、部族はかなりの数があるそうなのですが、
学校教育などで、このスワヒリ語を国語として勉強している事から
ほぼ、スワヒリ語で統一されているみたいです。

今回はこんな感じです。

ハバリ ザ ウスィク
(こんばんは)

スィスィ ニ 東風
(私達は東風です)

トゥナペンダ クジタンブリーシャ
(メンバー紹介をしたいと思います)

レオ トゥナチェザ クワ ビディー
(今日は一生懸命演奏します)

タファダーリ フラヒア ンゴマ イェトゥ
(私達の演奏をお楽しみください)

っといった感じです。

スワヒリ語の発音はこのカタカナの感じで
ほぼOKでそんなに難しくはなかったですね。


ところでアフリカの挨拶といえば「ジャンボ!」
だと思っていましたがこの「ジャンボ!」(複数形は「マンボ!」)
はスワヒリ語で他のアフリカの国ではほぼ、通用しないらしいです。

スワヒリ語はタンザニアがメインでケニアでも通じるけど
全域ではないらしいです。
どちらにしてもその程度の範囲でしか通じない言語みたいです。

これさえ覚えていればどこでも通じると勘違いしていました。
でもアフリカの人達も俺たちを見てほとんどの人が「ニーハオ」
と言ってくるのでお互い様といった所でしょうか。


お次はいかにもアフリカ!といった感じの現地の音楽に触れる
事ができました。

今まではメロディー楽器がきちんとあってリズムもあるといった
音楽でしたが、タンザニアは太鼓・唄・踊りのみ。

編成はいたってシンプル。

でも全てが超絶!

とてもマネする事はできないですね。

しかし最後は大盛り上がりで念のため持参していた
太鼓で乱入して一緒に演奏してきちゃいました。

最高に気持ちが良かったぁ〜!


その後は、タンザニア料理の昼食を堪能。


とっても不思議な味のする物もありましたが、口に合わないと
いうほどでもなく、美味しくいただく事ができました。

何より港町という事もあり魚が美味しくいただける事が感激でしたね。

前2カ国は肉中心だったので魚が普段以上に美味しく感じました。


そして夜はいよいよコンサート。

気温が高く、湿気っぽい国にもかかわらず、
エアコンがない会場だったのでエチオピアとはまた違った形での
体力維持を考えながらの演奏となりました。

今回は対策バッチリで、水分補給も完璧。
最後まで完全燃焼で演奏ができました。

汗の量はハンパじゃなかったけどね。


この他にも魚市場にいったり、タイ料理を食べたり、
博物館に行ったりなど、治安が悪いといいながら結構楽しめた
のですが、写真をほとんど撮ることができなかったのが残念。

デジカメなんか持ってウロウロしてたらそれこそ、危険。
タンザニアは写真はないけど記憶には沢山の出来事が
残っていて他の国とは違った思い出を作ることが出来ました。

また機会があったら行ってみたい国が一つ増えました。

次回は絶対サファリパークへ行きたいなぁ。

そんな訳でタンザニア日記終了!!

次は最終国、ザンビアです。





アフリカ日記2〜エチオピア〜(その1)

  • 2007.11.30 Friday
  • 02:02
アフリカツアー全4カ国の2カ国目、エチオピアです。

リビアの地中海とは打って変わって

『山』

って感じでしたね。




今回訪れた街はアディスアベバという街で
標高が約2400m(富士山の7合目くらい)で酸素が薄い薄い!

(ちなみにこの銃は本物です)

泊まったホテルがエレベーター故障中で、階段での昇り降りを
余儀なくされた我々は信じられないくらい息切れしながら生活
をしていました。

ごく稀に食欲不振や不眠などの高山病にかかる人もいるらしいの
ですが、旅の疲れからか、夜はグッスリでしたし、食欲も旺盛でした。


さて、この国はアルコール飲み放題!!

しかし、標高が高いので酒のまわりもかなり早い!

ほぼ、下戸な俺はせいぜいビール1.2杯という所でギブアップして
おきました。


(これビールね!!)

そんな開放気分を味わいつつ、翌日は早速コンサートの準備、
いざ、劇場入り。


今回のツアーの中では一番でかいホールで2000人くらい入れる
ホールでした。

果たして、この会場にどれだけの人が見に来るのか?
不安が過ぎったので現地の担当の方に尋ねてみると、

ズバリ、「わかりません!」

との返答。


まぁとにかく、こっちは精一杯やるだけ。
気を引き締め直し、リハーサルの準備にとりかかりました。


演奏の方はリビアでかなりの手ごたえを感じていたので大きな
不安はなかったのですが、問題は冒頭の挨拶です!


この国から先、同じ問題が続くわけですが、初めてアフリカの
文化を痛感させられた瞬間でもあります。

それはなんと、このエチオピア国内には80を越える部族が存在していて
しかも言語が全て違うらしいのです。

従って、同じ国内でありながら、国民同士、会話が成立しないという
現実もあるらしいのです。

じゃぁ一体どの言葉を使って挨拶をすれば良いか?

英語!

これは割りと通じるらしいです。

しかしアフリカなのに英語で挨拶も味気ないので却下。

英語が却下な理由はもう一つ。

下手な英語で挨拶は国際的にまるで笑えない。
無論、俺の英語など舞台で喋れるほど流暢なものではない訳だから
当然却下となりますね。

そんな困り果ててる中、有力な情報をキャッチ致しました。

なにやらアムハラ語とかいうものが
わりと一般的に定着しているらしいという情報から即、
このアムハラ語で喋る事を決断いたした
訳でございます。

ところが、このアムハラ語がかなり難しいのです。
しかも、教えたがりの地元民のチェックがかなり厳しい。

俺的にはジャッキーチェンの日本語くらい出来ていれば○をもらい
たいと思っているのにそうはさせまい!と何度も練習させられました。

「断念しようか!?」などとちょっと逃げ腰になる瞬間でもありました。

続く・・・・。



アフリカ日記2〜エチオピア〜(その2)

  • 2007.11.30 Friday
  • 01:41


逃げ腰な空気を察したのか、再びチェック!!

このように逃れられない状況の中、追い込まれつつ、
挨拶の練習!

今回はどんな内容の挨拶をしたかというと、
リビア同様、まずは自己紹介。

それともう一つありまして、これがとっても不思議な事に
エチオピアに限って、今年が西暦2000年でミレニアムで
あるというのです。

なのでそのご祝辞的な文章も入れてほしいという要望から
自己紹介+祝辞という事になったわけです。

ちなみに今年が西暦2000年という理由は何やら、
宗教上の理由らしく、独自の数え方があるらしいのです。

それではどんな事を喋ったかをカタカナで書いてみる事に
します。


「インデットアメシャチュ
イングゥドォチャチュ
東風・ネン・カ・ジャパン」


「インクワン・レフレッド・アデレサチュフー

何のこっちゃって感じですが、まぁこういう事です。

「みなさん、こんばんは。私達は日本から来た東風です。」

「このたびはミレニアムおめでとうございます。」

たったこれだけ?とお思いでしょうが、かなり大変でした。
カタカナで書いたアムハラ語の太字になっている部分が
とくに重要らしく、しかもカタカナで書いた発音とは微妙に
違うのです。つまり、日本語にはない発音なのです。

この細かいニュアンスを「違う!もう一回!!」などと、
何度もやり直しさせられていたのですからこっちはもう
「誰か助けてくれ〜!!」って感じでしたよ。


まぁこれも本番までにはなんとか、クリアできたのですが、
先がかなり思いやられましたね。

そんな中、エチオピアでも日本大使館の方々にお世話になる訳
ですが、せっかく日本から和太鼓を持ってやってきているの
だから「盆踊り大会」でもしようなんて話になってたみたい
で、やってきましたよ、「盆踊り」を。

しかし、標高が高いせいか、かなり気温が低い。
寒さをこらえながらの盆踊り。
でも、気温とは裏腹におおいに盛り上がり、とっても暖かい
盆踊り大会でございました。

ところで皆さん、エチオピアの名産ってご存知ですか?
俺は知りませんでした。

どうやらコーヒーが名産らしいのです。



このおばさんが入れてくれたコーヒーはメチャメチャ濃いっ!

でも美味しい〜。

入れ方もちょっと特殊でした。
熱湯に引いたコーヒーをそのまま入れて、
粉が沈むのを待ち、上積みだけを飲むというやり方でしたね。

味も香りも多少、日本で飲むものとは違いました。
今回のツアー(飲食部門)でも1位2位を争うくらい、
絶品でしたね。

そんなわけでいよいよ、本番。
お客さんきてくれるかなぁ〜?

続く・・・・。

アフリカ日記2〜エチオピア〜(ラスト)

  • 2007.11.30 Friday
  • 01:30
いよいよ、本番当日です。

今回も地元のアーチストとコラボしてきましたよ。



エチオピアの伝統的な音楽は日本の演歌に非常に似ていて、
我々にもかなり馴染みやすいものでした。

彼らの方も、日本の演歌の曲を何曲か知っているらしく、
楽屋で何曲か唄ってくれました。

そんな共通点を見つけられた事から今回もかなりスムーズに
事が運び、コラボ大成功!!

そして最初からネタフリしている挨拶は
どうだったかというと・・・こちらも大成功!!

ずっと教えてくれていた先生?も本番終了後、楽屋に
わざわざ、来てくれて、大喜びしてくれました。

肝心な集客はというと、これまた、見事!大入り!!

リビアに続き2連勝といった感じでしょうかねぇ!



しかし、今回は一つ反省点もみつかりました。

それは高地での演奏に対する対策を全く考えてなかったこと。

コンサートがあまりにも最初から盛り上がったため、ここが
標高2400mであることをすっかり忘れていました。

おかげで、バテるの早っ!

おまけに筋肉パンパン!

ついでに脳に酸素がまわりきってなかったのか、段取りかなり
危うし!

と、正直な所、かなりギリギリの状態でもありました。

なので終演後はビールじゃなくてコーラで乾杯!!

「これがアムハラ語なのか!?(不明)」

とにもかくにも、ツアーの半分を無事終了!

いよいよ、折り返し!

お次はタンザニアです。

それではまた!





アフリカ日記1〜リビア〜

  • 2007.11.27 Tuesday
  • 14:53
お待たせしました。

本日よりアフリカツアーでの模様を国別にご報告していきたい
と思います。


まず、最初に訪れたのはアフリカの北側にある国、リビアです。



リビアはアフリカというより、中東とヨーロッパな感じがミックス
されたような国で、言語はアラビア語。
主な宗教はイスラム教でアルコールが一切飲めないという
厳し〜い国でもありました。
(ちなみに俺はそんなに辛くなかったけど、他の3人はかなり
しょんぼりしてました。)

古く紀元前にはローマ帝国の領土内だったらしく、
リビアの文明の発達が遅れた事が幸いして、
その当時の遺跡がかなりいい状態で発見されて、
ヨーロッパから沢山の観光客が訪れているそうです。

実際、俺たちが観光に行った時も多くのイタリア人
っぽい観光客がいました。
ちなみに「サハラ砂漠」って聞いた事あるけど、この国
の領土内でもある事を初めて知りました。

残念ながら今回は遊びに行く事はできませんでしたけど。

そうそう、今回はコンサートの冒頭の挨拶で各国の言葉で
挨拶をするという事に挑戦したのですが、

このリビアではアラビア語での挨拶にチャレンジしました。

「サラム アレイコム!(こんにちわ)」
「ナハヌ フィルカト 東風!(私達は東風です)」
「シュクラム!(ありがとう)」

という感じで挨拶すると会場がドッと沸きあがり、
演奏以上の盛り上がりでした。(笑)

そんな手ごたえから味をしめ、次の国からはもう少々、
長めにその国の言語で挨拶をすることにしたのですが、
これがもう大変でした。

この話については次回以降にまたご紹介いたします。

リビアでは公演の他に、少ない時間を有効利用して
観光もできました。

まず、ホテル近くの市場へ!


この市場は日本の築地の市場とは大違い!

肉、魚、野菜、何でもそろっている所は変わりないのですが、
いったい何なのかわからないものまで置いてあってかなり異様な
空気でした。



お次は、博物館。

ここはローマ帝国時代のものやリビアの歴史に関するものが
沢山展示されていて、なかなか見ごたえのある博物館なのですが、
あまりにも色んな内容のものがごちゃ混ぜになっているため、
全くテーマが見えない博物館でもありました。


お次は先程お話した、遺跡のある場所。
その場所には名前がちゃんとあるのですが、
ど忘れしてしまいました。



これには一番感激しましたね。
アフリカでこんなものが見れるとは思ってもいなかったし、

他の国でもこのような場所は行った事がなかったので、終始、
口が開きっぱなしでした。


観光の他にも、地元の保育園でのワークショップや
リビアに滞在している日本人の子供たちへのワークショップ
等もやってきましたよ。

地元の保育園児たちは最初は宇宙人でも来たかのような反応でしたが最後は一緒になって踊りまくっていました。

こういう時に言葉がわからない分、
打楽器の強みを感じますねぇ。


日本人の子供たちも久々に体験する、あるいは初めて体験する、
日本の文化に興味津々といった感じでした。


公演内では地元の演奏家達とのコラボレーションも出来たし、
これといったトラブルも発生せず、ツアーの滑り出しとしては
上出来なくらいスムーズに事が運びました。

全ては、今回のリビア滞在期間に仕切ってくれた日本大使館の
方々のご協力のおかげ。

大感謝でございます。とくに、服部さん、川田さん、原田さん、

本当にありがとうございました。

またいつかお会いしたいですねぇ。

そんな訳で、わずか、4日間でありながら、かなり内容の濃い
リビア滞在でありました。

お次はエチオピア。

近日中にまたご報告したいと思います。

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